遙かなり 帝国海軍の提督達

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「遙かなり 帝国海軍の提督達 提督以外の一〇四人も並ぶ」
私家版(夏川英二)
2013年
頒布価格 42000円
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2011年に紹介した、日本海軍の提督達(大将・中将編の正式版です。作者は前にも紹介したように、自分のデータベース作成でも顔写真の部分ではほんとにお世話になっている方です。ちなみに前回のは途中段階で出されたパイロット版とのことです。
この写真集は提督の写真を網羅したもので、2136人中2096人を集めた力作です。これ以上のものは現時点ではでてくることはないでしょう。巻末の部分には104人分の海軍を調べる際によく見かけたり、重要だったりするような佐官以下の肖像も含まれています。
最近は
自分のところにも先祖がどういう方だったかとか、顔をしていたか写真がないかという問い合わせがたまに来ます。戦争その他でアルバムが焼けたりしていることもあったりということもあります。子孫の方でさえそういう状態の方が少なくないのに、他人がこれだけ集めるのは大変だったと思います。
基本的に内容と価格からみて、研究家の方など、いろんな人物の写真が必要な方向けかと思います。
<追記>ちなみに私家版なので、市販はされていませんが、軍学堂を通じて今のところ一応手に入れることは可能なようです。

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第九期短期技術科士官講習員名簿

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「第九期短期技術科士官講習員名簿」

横須賀海軍砲術学校

1941年

非売品

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第九期短期技術科士官講習員は、主計科で有名な技術科における短現士官のことです。この名簿も先2つのように名前・写真・出身校などが記載されています。やはり教官用と思われます。

大学卒業は造船・造機・造兵中尉、高等工業学校卒業は少尉候補生になっています。昭和16年9月15日に任官して即日横須賀鎮守府附となり講習が始まります。11月28日に終了して赴任先の発令がなされています。約半数は終戦まで勤務されますが、2年短現ですので、遠藤・佃技術大尉のように昭和18.9.15で豫備役編入となって、海軍士官としての勤務を終えられた方もいます。第九期短期技術科士官講習員名簿は57人で、終戦時自決された方も2人いて、死去された方も含め4人が死没されています。

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第三十期技術科士官講習員名簿

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「第三十期技術科士官講習員名簿」

横須賀海軍砲術学校

1941年

非売品

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これは第三期転官技術科士官名簿と同じつくりで、やはり顔写真が添付されています。教官用の名簿だったと思われます。6班にわかれて講習が行われたようです。第三十期技術科士官は昭和16年4月14日に任官した技術科士官で、造船・造機・造兵科の中尉と少尉候補生でトータル87名居ます。講習は任官即日で横須賀鎮守府附となって行われ、6月28日に終了して各地の勤務先の発令がありました。

第三十期技術科士官は戦没者8人です。ラバウル・比島・グアムなどの戦没で、人数が多くないのは技術科士官の勤務先がやはり根拠地的に設置される工廠・燃料廠などが主体となるためと思われます。最終階級は技術少佐~技術大尉です。

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第三期転官技術科士官講習員名簿

Photo「第三期転官技術科士官講習員名簿」

横須賀海軍砲術学校

昭和18年

非売品

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この名簿は教官が講習員を覚えるために作成されたものでしょうか。班員それぞれに一部を除いて顔写真が添付されています。ページは20P程度の小さいものです。第三期転官技術科士官講習員は昭和17年11月1日に海軍技師などより転官された方々です。17年11月1日には205名任官していますが、この講習員はそのうち尉官に対して行われたもので、123名の方が参加しています。他に29名の尉官の任官者がいますが、外地での勤務中などで参加できていない方もいらっしゃいます。この中からは12人が戦没されています。

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桝方楢三郎個人アルバム

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「桝方楢三郎個人アルバム」

1923年頃まで?

非売品

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桝方楢三郎技術少将の個人アルバムです。半分は第一神戸中学時代の写真で、残り半分が造船中尉から造船大尉の頃の写真になっています。桝方技術少将は大阪出身で、東京大をでたあと、最後は大阪海軍工作部長を務めています。

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軍艦金剛愛友會 大正拾壹年

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「軍艦金剛愛友會 大正拾壹年」

1922年

非売品

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わずか6枚だけのアルバムで、1枚金剛の写真と、5枚集合写真だけのっています。愛友會は何か不明でしたが、載っている方を調べてみるとどうも愛知県出身者の会のようでした。載っている正規士官の方は一人で、兵32期の永野廉三少佐のみでした。載っているなかでは2人特選任用者がいました。

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昭和十二年一月入團 四等主計兵修業記念

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「昭和十二年一月入團 四等主計兵修業記念」

横須賀海兵團

1937年

衣笠写真館

非売品
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主計兵は水兵に比べて人数が少ないため、アルバムをみかける頻度は多くありません。だからといって、他の水兵のアルバムと構成はかわったりということはなく、まったく一緒です。百武横鎮長官、副島大佐(團長)、中野勝次中佐(副長)のあとに、主計長(豊城親史主計中佐)の写真があることが珍しいでしょうか。その後は訓練風景、分隊ごとの集合写真といった具合に普通です。

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昭和十三年六月入団 四等水兵修業記念

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「昭和十三年六月入団 四等水兵修業記念」

横須賀海兵團

1938年

赤誠堂

非売品
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このアルバムについても特段かわったことはありません。幹部ー訓練風景ー分隊写真ー名簿といった構成です。当時の幹部は井上保雄少将(團長)、中野勝次大佐(副長)で、長谷川清横鎮長官の写真もあります。この年代だと、士官になっているのは搭乗員のみです。

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昭和七年六月入団 四等水兵修業記念

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「昭和七年六月入団 四等水兵修業記念」

横須賀海兵團

1932

原田製版所

非売品
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昭和7年の志願兵のアルバムです。厚みはしっかりあるアルバムで、通常通りで、はじめに幹部、集合写真と氏名、名簿が掲載されています。通常の志願水兵のあとに、普電練たるべき者、普信、臨時電信講習員の集合写真もあります。團長は秋山虎六少将です。

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四等航空兵修業記念 昭和15年1月入団 横須賀海兵團

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「四等航空兵修業記念 昭和15年1月入団 横須賀海兵團」

横須賀海兵團

1940年

赤誠堂

非売品
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支那事変が泥沼化しつつあったころに入団した航空兵の写真帖です。航空兵というと搭乗員を想像されるかもしれませんが、この頃の航空兵で入団される方というのは基本的に整備員になります。一部の方々が操練・偵練・丙飛を経由して搭乗員になっているというのはあります。造りは海兵団のアルバムと一緒で、最初に長谷川横鎮長官、副長・教育主任などの顔写真が並んでいます。最後の方に分隊ごとの集合写真があり、名前をつけられていますが、人員も多いため、顔写真は結構小さいです。

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顔写真入力数

資料の紹介じゃないですが、僕自身のデータベースの現状確認目的の項目です。
データは12年2月現在で、卒業数-顔写真入力済人数の順番です。













海軍兵学寮・兵学校
 1期 2名 2名 100%
 2期 17名 13名 76%
 3期 16名 16名 100%
 4期 9名 9名 100%
 5期 45名 42名 93%
 6期 17名 16名 94%
 7期 30名 21名 70%
 8期 35名 17名 49%
 9期 18名 9名 50%
10期 27名 20名 74%
11期 26名 15名 58%
12期 19名 14名 74%
13期 36名 21名 58%
14期 44名 27名 61%
15期 80名 55名 69%
16期 29名 18名 62%
17期 89名 50名 56%
18期 61名 34名 56%
19期 51名 23名 46%
20期 31名 19名 61%
21期 32名 21名 66%
22期 24名 14名 58%
23期 19名 11名 58%
24期 18名 11名 61%
25期 32名 20名 63%
26期 59名 35名 59%
27期 113名 53名 47%
28期 105名 50名 48%
29期 126名 115名 91%
30期 187名 68名 36%
31期 188名 79名 42%
32期 192名 53名 28%
33期 172名 171名 99%
34期 175名 55名 31%
35期 173名 83名 48%
36期 191名 184名 96%
37期 179名 145名 81%
38期 149名 149名 100%
39期 148名 148名 100%
40期 144名 84名 58%
41期 118名 118名 100%
42期 117名 117名 100%
43期 95名 72名 76%
44期 95名 67名 71%
45期 89名 54名 61%
46期 124名 124名 100%
47期 115名 59名 51%
48期 171名 165名 96%
49期 176名 80名 45%
50期 272名 144名 53%
51期 255名 147名 58%
52期 136名 127名 93%
53期 62名 38名 61%
54期 68名 68名 100%
55期 120名 113名 94%
56期 111名 105名 95%
57期 122名 96名 79%
58期 113名 106名 94%
59期 123名 45名 37%
60期 127名 127名 100%
61期 116名 116名 100%
62期 125名 45名 36%
63期 124名 38名 31%
64期 160名 92名 58%
65期 187名 187名 100%
66期 219名 158名 72%
67期 248名 186名 75%
68期 288名 88名 30%
69期 342名 242名 71%
70期 432名 426名 99%
71期 581名 577名 99%
72期 625名 364名 58%
73期 901名 900名 99%
74期 1024名 24名 2%

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予科練の名簿

結構予科練の名簿をキーワードに来るかたがいらっしゃるので書いておくと、氏名とかを知りたいだけであれば、予科練外史 に入隊時の名簿があります。ただし載っているのは甲飛1-12期、乙飛1-19期、特乙1期で、それ以後の期はありません。名簿には出身県も書かれています。現住所その他はもちろんありません。これは期別の会や、各県甲飛会・雄飛会などにあたってもらう必要があります。(全国甲飛会などは解散していまったようです)。HPみてもらえばわかりますが研究者でもなければ、全部を買うと高いので、図書館などでちょっとコピーでも取らせてもらえばよろしいかと思います。僕の方ではその名簿は電子化してありますので、親戚とかが何期か知りたいとか、そういう事ならばメールとかでお願いします。さすがにある期のもの一通りとか、全部下さいとかはちょっと無理ですが・・・・(存命の方のものは一応個人情報に該当するはずなので・・)

また大量採用の甲飛13期などの名簿は前書にはのっておらず、当時のそういう名簿も未発見です。13期は大量採用でしたから、あれば今頃市場でみかけ、と思うのですが、全くありませんし、13期の人数も推計の人数が記載されていることが多いことから、全部を網羅した名簿はないのではと考えています。甲飛13期会も関西甲飛13期会など各地域別に組織されているようで、そこからも難しいそうです。ただし戦没者についてはまとめられたものがありました。
また戦没者については雄飛会(乙飛)は雄飛会戦没者名簿というのがあり、特乙までの戦没者をまとめた名簿があります(所々間違いはあります)、丙飛については丙飛会がつくった戦没者名簿があります(生存者名簿もありますが、どちらも間違いが結構あるようで、2つ併せても人数がたりず、わかっていない出身者が結構いるようです)。問題は甲飛ですが、各期別の行動のようで、1,2期などの初期の期は同期会誌があり、7期会などは市販本があります。12期は永末さんのHPに、13期は関西甲飛13期会のHPにありました。それ以外の期は今のところ甲飛会だよりに一部の記載がありましたが、全体をまとめた名簿がいまのところ見つかっていません・・・あったら教えてください。

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アジア歴史資料センター

アジア歴史資料センター(http://www.jacar.go.jp/)をご存じで、ご利用になられている方も多いと思います。
その中には明治期の名簿など貴重なものが閲覧可能になっており、以前のようにわざわざ公文書館に足を運ばなくとも研究ができるのは非常にありがたいところです。士官名簿の研究を始めた当初は公文書館で義済会名簿で載ってない初期の士官を調べたり(細川護久少将など)、任官日、順列などいろいろ調べに行ったものでした。なので、これらの本も昔原本で見たことが結構あったりします。明治初期はどうしても告示された辞令がきちんわからないこともあるので、こういう名簿・職員録での確認したり補ったりする必要がありますので。そこで今回はアジア歴史資料センターで閲覧できる名簿関係をまとめてみました。職員録のような、職課別のものはほぼ毎年ありますので省略です。先日明治20年の海軍武官准士官以上名簿の原本を手に入れましたが、まあそういうのを見つけなくても、今はネットで結構なことができる時代です・・・


海軍武官(階級別一覧形式)なしの年でも職員録はほぼあります。

明治 4年 職員録内に
明治 5年 官員全書内
明治 6年 陸海軍武官勅奏官一覧
明治 7年 海軍省職員一覧
明治 8年 なし
明治 9年 海軍武官職員録
明治10年 なし
明治11年 海軍武官職員録
明治12年 海軍武官職員録
明治13年 海軍武官職員録
明治14年 海軍将校任官一覧
明治15年 なし
明治16年 なし
明治17年 なし
明治18年 なし
明治19年 海軍武官准士官以上名簿
明治20年 海軍武官准士官以上名簿
明治21年 なし
明治22年 海軍高等武官名簿・海軍准士官名簿
明治23年 海軍高等武官名簿
明治24年 海軍高等武官名簿
以降なし

海軍文官
明治 7年 海軍省職員録
明治12年 海軍文官職員録
明治13年 海軍文官職員録
明治19年 海軍文官名簿
明治20年 海軍文官名簿
明治21年 海軍文官名簿
明治22年 海軍文官名簿
明治23年 海軍文官名簿
明治24年 海軍文官名簿
以降なし

となっています。見落としがあるかもなので、発見された方は是非ご一報ください。


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県別海軍士官数ランキング

まだ半数しか出身県が判明していないので、参考値だと思って下さい。ただ傾向はわかるかと思うので、ランキングみたいなことをしてみます。まず将官については名簿も数種類市販されていますので、ある程度わかるかもしれませんが、まず大将の人数を県別ランキングにしてみます。

大将数
1位 鹿児島 17名
2位 東京   7名
3位 佐賀   6名

となります。全体で77名しかない海軍大将ですが、この3県だけで30名にのぼります。やはり明治の功臣が多いことが影響しているかと思われます。

では相当官を除いた海軍中将ではどうでしょうか?
1位 東京  48名
2位 鹿児島 42名
3位 佐賀  33名

東京と鹿児島はひっくりがえりましたが、3都県とも顔ぶれは一緒ですね。
やはり将官まで昇った人は明治までに卒業した人がほとんどですから、そういう意味ではしょうがないかと。

海軍少将でもやってみます。

1位 東京 137名
2位 佐賀  76名
3位 鹿児島 71名

顔ぶれはかわりませんが、鹿児島は3位までさがっちゃいました。東京はやはり人口の多さのためでしょうか。
佐賀が結構頑張ったようです。

海軍大佐・中佐では
        大佐    中佐
1位 東京 256名  170名
2位 鹿児島188名  139名
3位 佐賀 185名  121名

大佐・中佐になっても登場する県はまったくかわりませんね。

これ以下はちょっと判明していない人も多いので、階級別はやめてきます。正規士官全体の人数では(判明分のみ)

1位 東京 3227名
2位 鹿児島1479名
3位 広島1303名

となっています。佐賀は1020名で熊本がかなりの判明率となったための影響で5位となっていました。

予備・特務と含めると
1位 東京 4700名
2位 熊本 3850名
3位 鹿児島2723名
4位 広島 2663名

となりました。熊本は県全体の名簿が見つかったための影響と思います、実際にはもう少し順位は下でしょう。おそらく、東京・鹿児島・広島の順でしょうか?

逆にワーストはどこでしょうか?外地と、戦時中に内地となった樺太を除くと

1位はダントツで沖縄でした。全体で119名だけです。2位は海無しで面積も小さい奈良県で301名、3位もやはり海無しの滋賀県で350名でした。将官に限っても、沖縄1名、奈良7名(相当官ふくむ)の1、2位はかわりませんでした。ちなみに3位は秋田県で8名です。大佐では、1位沖縄2名、2位岩手9名、3位北海道10名の順です。相当官を含めれば1位沖縄3名、2位秋田16名、北海道17名です。岩手は相当官が15人もいるので、奈良もぬいて5位でした。

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海軍兵学校・機関学校等の首席卒業者

ときどき首席卒業の方を調べにいらっしゃる方がいるので、一応まとめてみます。本来初期には首席という概念がないですが、戦前の名簿でクラスヘッドという扱いで、1期から載っているものもあったので、1期の平山大佐から乗せておきます。宮様を先にあげておきます。その後に首席卒業者とします。



皇族
17期 東伏見宮依仁親王 大将(元帥) 東京 大正11. 6.27  
19期 山階宮菊麿王 大佐 東京 明治41. 5. 2 病死
36期 有栖川宮栽仁王 少尉 東京 明治41. 4. 7 病死(兵学校在学中)
45期 伏見宮博義王 大佐 東京 昭和13.10.19  
46期 山階宮武彦王 少佐 東京 昭和62. 8.10  
49期 華頂宮博忠王 中尉 東京 大正13. 3.24 病死(佐世保海軍病院)
49期 久邇宮朝融王 中将 東京 昭和34.12. 7  
52期 高松宮宣仁親王 大佐 東京 昭和62. 2. 3 薨去
53期 伏見宮博信王 大佐 東京 昭和45.10.22 病死
54期 山階宮萩麿王 大尉 東京 昭和 7. 8.26 病死
62期 伏見宮博英王 少佐 東京 昭和18. 8.21 戦死(マカッサル近海・3連通司令部附)
62期 朝香宮正彦王 少佐 東京 昭和19. 2. 6 戦死(クェゼリン・6根参謀)
71期 久邇宮徳彦王 大尉 東京 平成19. 2. 7  
海軍兵学寮・兵学校
 1期 平山籐次郎 大佐 徳島 明治43. 5.11 病死
 2期 有馬新一 中将 鹿児島 明治42.12. 6 病死
 3期 横尾道昱 大佐 佐賀 明治29.12.14 公死(大連湾要港部司令官従軍中罹病)
 4期 中林長國 少佐 鹿児島 昭和 2. 4. 9  
 5期 富岡定恭 中将 長野 大正 6. 7. 1  
 6期 山内萬壽治 中将 東京 大正 8. 9.18  
 7期 嶋村速雄 大将(元帥) 高知 大正12. 1. 8 死去
 8期 今泉利義 少将 佐賀 昭和11.12.23  
 9期 土屋保 中将 静岡 昭和21. 7.23  
10期 加藤定吉 大将 静岡 昭和 2. 9. 5  
11期 二木勇次郎 大尉 鹿児島 明治26. 5.22 自決
12期 江頭安太郎 中将 佐賀 大正 2. 1.23  
13期 伊藤乙次郎 中将 愛知 昭和16. 3.27  
14期 荒尾富三郎 中佐 石川 明治38. 7.19 公死(第3艦隊副官従軍中罹病)
15期 財部彪 大将 宮崎 昭和24. 1.13  
16期 木山信吉 大尉 福岡 明治29. 4. 5 公死(東京病院・嚴島乗組)
17期 秋山眞之 中将 愛媛 大正 7. 2. 4 病死
18期 加藤寛治 大将 福井 昭和14. 2. 9 病死
19期 百武三郎 大将 佐賀 昭和38.10.30 病死
20期 大石馨 少尉候補生 高知 明治27. 9.18 戦死(松島乗組黄海海戦負傷後)
21期 古川鈊三郎 中将 福井 昭和34.11.14  
22期 竹内藏 大尉 兵庫 明治37. 5.15 戦死(吉野航海長山東角付近沈没)
23期 丸山壽美太郎 大佐 山梨 大正 6. 8.26  
24期 筑土次郎 少将 静岡 昭和19.11. 3  
25期 松岡靜雄 大佐 兵庫 昭和11. 5.23  
26期 木原靜輔 中佐 山口 大正 6. 4. 2  
27期 中村良三 大将 青森 昭和20. 3. 1  
28期 波多野貞夫 中将 長野 昭和16. 1. 7  
29期 溝部洋六 大佐 大分 大正 8.11. 6 公死(伊勢大演習中罹病)
30期 百武源吾 大将 佐賀 昭和51. 1.15 病死
31期 枝原百合一 中将 山口 昭和19. 6.28  
32期 堀悌吉 中将 大分 昭和34. 5.12 病死
33期 豊田貞次郎 大将 和歌山 昭和36.11.21  
34期 佐古良一 中佐 山口 大正13. 2. 6  
35期 近藤信竹 大将 大阪 昭和28. 2.19 病死
36期 佐藤市郎 中将 山口 昭和33. 4.12  
37期 小林萬一郎 少佐 三重 大正11. 4.20  
38期 原淸 中将 佐賀 昭和51. 8.26 病死
39期 多賀高秀 少佐 東京 昭和59. 9.23 病死
40期 岡新 中将 東京 昭和33. 3.23 病死
41期 小西干比古 大佐 岡山 昭和29. 4.11  
42期 三木繁二 少佐 兵庫 昭和 3.10. 8 公死(英国駐在中傷死)
43期 濱野力 少将 富山 昭和32. 3. 4  
44期 一宮義之 少将 徳島 昭和23.11.12  
45期 中村勝平 少将 富山 昭和46. 6.29 病死
46期 高田利種 少将 鹿児島 昭和62.10.25  
47期 光延東洋 少将 岡山 昭和19. 6. 9 戦死(アペニン山脈・在伊武官)
48期 高橋繁次郎 少尉 広島 大正10. 6.12 公死(呉・長門糧食搭載中負傷)
49期 松浦義 大佐 島根 昭和37.11. 1  
50期 中野實 大佐 広島 昭和56.11.28  
51期 樋端久利雄 大佐 香川 昭和18. 4.18 戦死(ブーゲンビル島・搭乗機撃墜)
52期 入江籌直 大佐 鳥取 平成15. 2.12  
53期 道木桂 大尉 愛知 昭和 8. 1.14 公死(三保ヶ関沖・早蕨沈没)
54期 大石宗次 中佐 神奈川 昭和47.2.26 病死
55期 村田益太郎 中佐 石川 平成 5. 7.20 病死
56期 大塚范 中佐 東京 昭和18.11.18 戦死(ニューヘブライズ・伊20艦長)
57期 板谷茂 中佐 佐賀 昭和19. 7.15 戦死(千島幌筵付近・味方陸軍機により撃墜)
58期 井澤豊 中佐 山口 平成 6. 3.22  
59期 藤野隆雄 中佐 滋賀 昭和18. 7. 6 戦死(コロンバンガラ島・新月沈没)
60期 黒木亥吉郎 中佐 宮崎 平成 1. 8. 8  
61期 相田俊二 少佐 福島 平成17.12. 1  
62期 田中武克 少佐 福井 昭和35. 6.19  
63期 魚野泰弘 少佐 鳥取 昭和19. 2.18 戦死(内南洋・追風艦長)
64期 川島立男 少佐 千葉 昭和19. 7.12 戦死(サイパン方面・呂36)
65期 卜部章二 少佐 兵庫 平成10.10. 9  
66期 坂井知行 少佐 広島 昭和17.11.30 戦死(ラバウル・582空)
67期 中村悌次 大尉 岡山 平成22. 7.23 病没
68期 山岸計夫 大尉 東京 昭和18.10. 6 戦死(ベララベラ沖夜戦・夕雲沈没)
69期 山田進 大尉 愛知 昭和18.11.11 戦死(ソロモン・涼波水雷長)
70期 平柳育郎 大尉 埼玉 昭和19. 1. 4 戦死(ビスマルク諸島・文月)
71期 田結保 大尉 岐阜 昭和19.10.25 戦死(比島沖海戦・筑摩沈没)
72期 和泉正昭 大尉 長崎 昭和52. 9.29  
73期 鮫島豪太郎 中尉 長崎 平成17. 8.15  
74期 三浦正三 少尉 兵庫 平成 5.10.19  
海軍機関学校
旧1期 植山德藏 機関中監 三重 明治36.10.21  
旧2期 關重忠 少将 神奈川 昭和20. 3.12  
旧3期 水谷叔彦 少将 愛知 昭和22.12.10  
旧4期 藤井光五郎 機関少将 兵庫 昭和22. 7.17  
 1期 小田切延壽 大佐 東京 昭和18.10. 1  
 2期 風間篤次郎 少将 広島 昭和22. 5.16  
 3期 木村貫一 少将 東京 昭和40. 1.10  
 4期 白井斎知 大佐 愛知 昭和22. 1.14  
 5期 淸水得一 中将 山形    
 6期 淸水雄 機関少監 東京 明治37. 5. 3 戦死(朝顔丸機関長第3回旅順口閉塞)
 7期 川路俊德 少将 岡山 昭和50.12.22 病死(老衰)
8/9期 大石親德 大機関士 東京 明治37. 5.15 戦死(初瀬分隊長旅順口沈没)
10期 三島春江 少機関士 山口 明治37. 5.15 戦死(初瀬旅順口付近沈没)
11期 小濱方彦 機関大佐 三重 昭和14. 5.22  
12期 小野寺恕 中将 岩手 昭和36. 1.13  
13期 上田宗重 中将 東京 昭和14. 1.26 病死
14期 原山政太郎 機関中尉 新潟 明治43. 4.15 公死(阿多田島沖第6号潜水艇沈没)
15期 古市龍雄 中将 福岡 昭和41. 2. 1 病死
16期 富川藤太郎 少将 東京 昭和27. 8.27  
17期 葛良修 大佐 大阪 昭和37. 4.30  
18期 府東作 大佐 富山 昭和18.12. 5  
19期 櫻井忠武 中将 愛媛 昭和20. 3.16  
20期 三戸由彦 中将 山口 昭和41. 9.16 病死
21期 赤坂卯之助 少将 大阪 昭和29. 2.11  
22期 福田秀穂 機関中佐 熊本 昭和 2. 8.26 公死(三保ヶ関事件・駆逐艦蕨沈没)
23期 森田貫一 中将 三重 昭和62. 4.28  
24期 福地英男 中将 佐賀 昭和20. 8.17 戦死(自決)
25期 久保田芳雄 少将 茨城 平成 3. 2.16 病死
26期 脇太良 機関中佐 山口 昭和 7. 2.22 公死(上海事変第2艦隊参謀罹病)
27期 北川政 少将 石川 昭和62.10.14  
28期 秋重實惠 少将 山口 昭和63. 9. 7  
29期 長嶺公固 少将 長崎 昭和20. 3.17 戦死(南シナ海・第四南遣艦隊)
30期 鈴木留之助 機関中尉 神奈川 昭和 7. 5.24  
31期 鈴木重初 機関中佐 静岡 昭和13. 3. 9  
32期 吉田正臣 大佐 福岡 昭和50. 6.18  
33期 福谷英二 大佐 鳥取 平成 8. 2.11  
34期 森下陸一 大佐 岡山 昭和49. 2.20 病死
35期 福田計雄 少佐 埼玉 平成 3. 7. 5  
36期 葛西淸一 中佐 東京 平成 7.12.20  
37期 福田宗正 中佐 鳥取 平成13. 5.19  
38期 高橋實 中佐 京都    
39期 伊藤武夫 中佐 愛知 昭和59. 3.21  
40期 山本益彦 中佐 山口 昭和54. 9.16  
41期 瀧田孫人 中佐 富山 平成 7.10.18  
42期 山田亘 中佐 愛知 昭和18. 7.12 戦死(コロンバンガラ夜戦・神通沈没・二水戦参謀)
43期 岩井正二 少佐 岡山 平成22. 9. 5  
44期 孝壽悟 少佐 香川 平成12.11.16  
45期 岡本登志夫 少佐 岡山 平成16. 2. 5  
46期 林正 少佐 群馬    
47期 安永稔 少佐 神奈川 平成14. 5. 5  
48期 安增隆 大尉 福岡 昭和54.11.15 病死
49期 室谷文治 大尉 東京 平成20. 6.24  
50期 今岡潔 少佐 大阪 昭和19. 6.19 戦死(マリアナ沖海戦・大鳳沈没)
51期 丸山雅夫 大尉 鳥取    
52期 眞田義夫 大尉      
53期 靑木光雄 大尉 新潟 昭和20. 4.24 戦死(クラーク地区・攻3)
54期 石松敏之 中尉      
55期 木村英夫 少尉 京都    
海軍主計学舎・主計学校・経理学校
旧1期 末森鹿之助 主計大監 広島 大正 3. 1.20  
旧2期 金井茂太郎 主計少監 兵庫 明治38. 6.18  
小川元夫 大主計 岡山 大正 1.12. 4 行方不明(失踪宣告)
旧3期 淸水宇助 主計中将 埼玉 大正13.11.17  
旧4期 不二樹幾之助 主計中佐 大阪 昭和10. 9.17  
竹内十次郎 主計少監 三重 昭和12. 5.15 病死
 1期 片岡覺太郎 主計中将 岡山 昭和34.12.16  
 2期 横尾石夫 主計中将 佐賀 昭和52. 2.21 病死
 3期 爲本博篤 主計中将 高知 昭和34. 6.29  
 4期 木寺寛爾 主計少将 長崎 昭和36. 3.29  
 5期 齋田庫吉 主計少佐 千葉 昭和 4. 4. 6  
 6期 宮本正光 主計少将 大分 昭和19. 4. 1 公死(海軍乙事件・連合艦隊主計長)
 7期 中垣仙吾郎 主計少将 福岡 昭和60. 9.11 病死
 8期 岩崎健彦 主計大佐 東京 昭和52. 8. 8 病死
 9期 菅野利 主計中尉 群馬 昭和20. 8.16  
10期 田中東洋男 主計大佐 兵庫    
11期 白石良一 主計大佐 神奈川 昭和56. 2.20 病死
12期 伏下哲夫 主計大佐 大分    
13期 靑山久二 主計大佐 富山    
14期 池田晴男 主計大佐 佐賀 平成14.12. 5  
15期 田坂定信 主計少佐 新潟 昭和16.10.23  
16期 降幡倉雄 主計少佐 長野 昭和22. 3. 6  
17期 吉野義雄 主計中佐 石川 平成15.10. 5  
18期 堀俊藏 主計中佐 広島 昭和48. 3. 8  
19期 幸崎康雄 主計中佐 青森 平成10. 3. 8  
20期 蘆田保 主計中佐 広島 昭和55. 4. 7 病死
21期 前田孝充郎 主計中佐 佐賀 昭和30. 5.30  
22期 高橋甫 主計少佐 岩手 昭和56.11.25 病死
23期 小笠原正義 主計少佐 東京 昭和57. 6.20 病死
24期 川久保忠郎 主計中尉 佐賀 昭和16. 4.14  
25期 京谷勝壽 主計少佐 鳥取 平成17. 3.11  
26期 伊藤啓五郎 主計少佐 山形 平成17. 6.27  
27期 藤原甚六 主計少佐 長崎 昭和19. 7. 8  
28期 杉山續 主計少佐 和歌山 平成11. 2.16  
29期 兒島義和 主計少佐 岐阜 昭和19. 7. 8 戦死(サイパン・6艦司)
30期 後藤進 主計少佐 兵庫 昭和20. 4.24  
31期 山崎武夫 主計大尉 愛媛    
32期 平岩千代治 主計大尉   昭和50.11. 6  
33期 槇原秀夫 主計大尉 広島 平成18.10. 1  
34期 中村和夫 主計中尉 埼玉 昭和19.10.24 戦死(レイテ沖海戦・武蔵庶務主任)
35期 杉山盛雄 主計少尉 山形    

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トラ・トラ・トラ

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「トラ・トラ・トラ」

太平洋ドキュメンタリー第1巻

金澤秀利他

620円

1967年

今日の話題社

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真珠湾に参加した搭乗員を中心とした短編をあつめたものです。

金澤秀利・山川新作・羽切松雄・赤松貞明・藤田信雄氏などよく知られている搭乗員が含まれています。

その他は椿恵之陸軍兵長、足立次郎少佐、岩下泉蔵大尉、木村八郎大尉、森下久(大和乗員)の短編が含まれています。

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海の防人 呉鎮守府名鑑

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「海の防人 呉鎮守府名鑑」

加戸 宏平

地方人事調査会

1999

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海軍に限らず、「戦友」とか生存されている方を紹介する本をいろいろ出している地方人事調査会の中の一冊です。鎮守府関連では他には舞鶴鎮守府をもっています。おそらく横須賀と佐世保も作られてたんじゃないでしょうか?

呉の方は前半はほとんど工員・技手でした。軍人の部分は多くはなく、士官になるとさらに数は減ってしまいます。現在の写真しか載せてない方も多いですが、軍人時代のを載せている方の方が多く、軍歴が簡単ですが書かれている所とか、生年月日が書かれているところがかなり参考になります。ただすごく厚い本(電話帳レベル)なので、置き場所に困ります・・・


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昭和五年一月入団 修業記念

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「昭和五年一月入団 修業記念 佐世保海兵団機関科練習分隊」

佐世保海兵団機関科練習分隊

1930年

非売品

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最後に名簿はないですが、各個人の写真と氏名が記載されています。当時の団長は相良大佐、副長は飯倉中佐でした。このあたりの入団者は士官になっています。

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卒業記念

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「卒業記念」

海軍機関学校

1910年

非売品

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海軍機関学校20期の卒業アルバムです。機関学校のものではかなり小さい方です。厚みもあまりないですが、やはり機関学校は1人1枚の写真が基本のようで、この写真帖もそうなっています。そのためほとんどその写真だけで、学校のものは2枚しかありません。

機関学校20期は卒業は58名で、首席は三戸由彦中将です。将官は他には柳原・鉾立・鈴木久武中将がいて、山田潔・土田・荒木拙三、木村仁、北野、宮田、竹岡、竹下英五郎、小野、大野少将がいます。戦死は将官になっている方が多いためか少なく、2人だけで、公死があと1人いるだけでした。


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昭和十二年六月入団 四等水兵修業記念

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「昭和十二年六月入団 四等水兵修業記念」

1937年

横須賀海兵団

非売品

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昭和10年代前半によくみられる形式のものです。百武源吾大将が横須賀鎮守府長官で、團長は副島大助です。一部の早い方は士官になれたりしていると思います。13年度はなってないので、数はわずかと思います。

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