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北海道の海軍士官

海軍士官のカテゴリーでは、しばらくは各県ごとに出身の士官を10人程度紹介していきたいと思います。まず第1弾は北海道です。ほっかいどうでは将官は全部で9人います。中将が下村正介中将・野田清中将・高田俐中将の3人、少将は石川清少将・中島千尋少将、技術科で4人渡辺武夫技術少将、渡辺貫三郎技術少将、久保哲技術中将、熊澤俊一技術少将です。残念ながらすごく有名という感じではありませんが、高田俐中将は大竹海兵団長時代、航空機事故で殉職されています。特務士官では特選任用された方もかなり目立ち、出身地がすでに解明した方のなかだけでも16名います。選修學生出身もすくなくありません。特務士官は出身地ごとに所属がかわりますが、北海道は一貫して横須賀鎮守府となります。予備士官では商船学校関係で中佐まで進級した方が3人、正規士官転官後中佐になった方が1人います。

<追記>

下川萬兵衛少佐のことのコメントがありましたので、ちょっと追加していきます。北海道の海軍士官は850名ほどわかっています。将官は先にかきましたので、省略して、大佐以下では、下村忠助中佐(ジュットランド沖海戦での観戦武官で、クインメリー沈没に際して戦死しています。下川正助中将の弟です)、三重海軍航空隊司令をした澤勇夫大佐、零戦の実用化実験で殉職した下川萬兵衛少佐が有名でしょうか。首席は海軍三校には居ませんが、偵練6期二川少尉、21期林大尉が首席です。


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海軍士官」カテゴリの記事

コメント

高田俐中将のご子息とお孫様と懇意にしていただいております。お役にたつ資料など見つかりましたら、ご連絡しまs。

投稿: | 2009年8月11日 (火) 14時28分

下村中将・石川少将は家庭の事情で北海道に本籍を置いていただけで、実際はそれぞれ山形・兵庫の出身です。逆のケースでは、荒城二郎中将が本籍は東京となっていますが、実際は北海道の出身です。確か養子縁組の関係でこうなっていたように記憶しています。佐官では、戦時中嶋田海相の秘書官を務めていた後藤実二、同じく戦中第二南遣艦隊などで情報参謀を務めた今泉肇両大佐が若干目立つところでしょうか。

投稿: あんとん | 2009年12月25日 (金) 21時35分

ひどいや。北海道出身・在住としては。
陸軍は軍神にまでしてくれたのに(加藤建夫陸軍少将。飛行第64戦隊初代体長。「加藤隼戦闘隊」で有名)
ま、そんなことはどうでもよくてですね。
海兵50期の笹川濤平海軍大佐(北海道)の事を探しております。東京帝国大学医学部第19期と聞いております。
風聞では、海軍軍医さんの会で「濤平さん」と言う私家本が出されていると聞いております。
砲術(陸戦)専修のようなのですが。
なにとぞよろしくお願いいたします。

投稿: 下山 | 2011年2月19日 (土) 19時57分

訂正

東京帝国大19期の方は戸川軍医中尉です。
書き間違えました。
まず。光人社NF文庫の「先任将校」と言う本にこの戸川軍医中尉が出てきて、笹川濤平大佐のことにつながります。それと、もう一つ、第一次ソロモン海戦の本(書名失念・確かアメリカの研究者の方が書かれたものの訳書)に「陸戦の専門家」とあったような気がします。

投稿: 下山 | 2011年2月19日 (土) 20時10分

訂正の訂正です。

第一次ソロモン海戦と書きましたが、本日本屋に行ったところ、「ルンガ沖の閃光」ラッセル クレンシャウ、Russell S.,Jr. Crenshaw、岡部 いさく、、 岩重 多四郎 (単行本 - 2008/8)に笹川大佐のことがチラッと載ってます。

投稿: 下山 | 2011年2月21日 (月) 15時38分

下川萬兵衛大尉(海兵58期)が抜けてますよ
横須賀海軍航空隊戦闘機隊分隊長として、
零戦の開発に大きな貢献をされましたが、試験飛行中にフラッター事故で殉職されました

投稿: | 2011年7月13日 (水) 04時21分

笹川大佐はガダルカナル撤退時の海軍輸送部隊指揮官であったと記憶しています

投稿: ヤス | 2012年5月14日 (月) 21時32分

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