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千葉の海軍士官

千葉は海岸線も長い為か、海軍士官は多く1200名近くいます。初期から多くの海軍士官を輩出しています。将官は28名と意外と多くはなく、大将もいません。中将でさえ、3人(兼坂孝・大田實・貝塚武男中将)だけです。ただ名前を見てわかるとおり、太平洋戦争では有名な方が含まれています。大田中将は沖縄戦で「沖縄県民かく闘へり、後世特別のご高配あらんことを」という電報を発して自決したことで有名であり、今でも沖縄県民からは一目置かれています。貝塚中将も最後の瑞鶴艦長として有名です。

 佐官以下では、緒戦期に活躍した陸攻隊の千歳空司令大橋富士郎大佐、翔鶴航海長としての著作がある塚本朋一郎大佐、鈴木貫太郎大将の甥で、戦後自衛艦隊司令官を務めた鈴木英中佐、夜間雷撃で知られる陸攻の桧貝襄治大佐などがいます。

 特選任用は30名も判明しており、中佐になった人としては、田中通太郎機関中佐だけのようで、南浦丸で戦死しています。海軍三校の首席は2人だけで、兵64期川島立男少佐と經理學校5期齋田庫吉主計少佐だけです。どちらも戦没等により戦中までに没しています。特攻は57名に上っています。


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