« 奈良の海軍士官 | トップページ | 大阪の海軍士官 »

和歌山の海軍士官

和歌山県は紀州徳川家の領地でしたので、初期の海軍にはあまり人材を送り込めなかったようで、海兵20期のころまで含めて、兵科士官は10名ほどしかいません。従って初期にはあまり人材が見あたりません。尚、全体では700名強の出身者がわかっています。しかしながら以後にかなりがんばったようで、大将3人を含め、40名の将官がいます。

 大将としては旅順口閉鎖作戦で有名な有馬良橘大将、駐米大使で知られる野村吉三郎大将、三国同盟時の次官の豊田貞次郎大将の3名です。中将以下にもGF参謀長寺島健中将、東郷神社創設に尽力した植村茂夫中将、馬公警司令長官山本弘毅中将、海大校長稲垣生起き中将、愛国丸艦長水崎正次郎少将、23航戦司令官竹中龍造中将、暗号関係に尽力した柿本権一郎少将、十四戦隊司令官伊藤賢三中将、ベヴェロック事件の原鼎三中将、五戦隊司令官橋本信太郎中将、サボ島沖海戦の靑葉艦長久宗米次郎少将、衣笠艦長澤正雄少将、武蔵砲術長越野公威少将など、戦史でよくみかける名前が並んでいます。

 佐官以下では潜水関係で戦没した人が目立ちますが、あまり戦史でみかけることは少ないかと思います。特選任用も8名だけ判明していますが、すべて中尉と少佐で、中佐に進級した人はいませんでした。また海軍三校の首席も残念ながらいませんでした。


« 奈良の海軍士官 | トップページ | 大阪の海軍士官 »

海軍士官」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/507812/48677213

この記事へのトラックバック一覧です: 和歌山の海軍士官:

« 奈良の海軍士官 | トップページ | 大阪の海軍士官 »