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大阪の海軍士官

大阪はもちろん西の大都市ですから、判明している海軍士官も1100名を超えています。しかしもともとは幕府の管轄でもあったからか、草創期には海軍士官がでていません。はじめてでた海軍士官が海兵10期の岡部・中村両大尉からです。10期代が4人、20期代が5人と、この頃までは低調のようです。そのためか海軍大将は天王寺中出身の近藤信竹大将ただ一人です。大戦前半の第2艦隊長官で有名で、後半は支那方面艦隊長官として支那方面の作戦にあたっていました。中将も以外と少なく、清河純一・奥信一・藤田利三郎・代谷清志・石井常次郎中将の5人だけです。一般にはあまり有名ではないでしょう。少将は12名います。そのうち、よく知られるのは六十一駆逐隊司令の天野重隆少将でしょう。エンガノ沖海戦で初月が五十鈴とともに千代田の救援に向かった際にハルゼー部隊と遭遇し、単艦突入して僚艦を救った件は有名ですが、その際の初月に乗艦していた司令です。他の将官としては軍医が2人、主計が3人、技術が5人となっています。

 佐官以下で有名なのはレイテ沖海戦時の小澤艦隊参謀大前敏一大佐、ルンガ沖航空戦で、204空飛行隊長として味方陸攻の楯となった宮野善治郎中佐、伊401の飛行長淺村敦大尉あたりが有名かと思います。特攻は多く66名います。

海軍関係の首席は5人で、近藤延武大将(兵35)、葛良修大佐(機17)、赤坂卯之助少将(機21)、今岡潔少佐(機50)、不二樹幾之助主計中佐(主計学校4期*海経ではありません)です。おまけに大原猛中尉が乙5期の首席のようです。


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