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長崎の海軍士官

長崎県は江戸時代より海外との交流があり、世界に開けた場所でした。そのこともあるのか初期にも海軍士官を輩出していますが、全体を見渡してもさほど活躍しませんでした。また佐世保という海軍の三大根拠地の一つをかかえる県でもあり、1100名を越える人数が判明しています。将官も34名もいますが、やはり大成しないようで、中将は相当官も含めても松山茂・鍋島茂明中将、保利信明軍医中将、志佐勝・深水貞吉主計中将の5人のみです。少将も含めてやはり有名なのはミッドウェーで蒼龍艦長として戦死した柳本柳作少将でしょう。しかし航空関係者ではなく、砲術専攻です。

 佐官以下では雷撃の神様といわれた村田重治大佐(翔鶴で戦死)、戦争末期で活躍した三四三空の名飛行隊長鴛淵孝少佐(九州東方で戦死)、メジュロ環礁偵察などで知られる長嶺公元中佐(テニアンで戦死)、森崎湊少尉候補生(”遺書”という本の主人公)が有名でしょうか?また撃墜王としても台南空の太田敏夫飛行兵曹長(34機、操練46期)も有名でしょう。 特選任用でわかっているのは22名になりますが、中佐になったのは左谷野竹雄中佐(マレー方面で戦死)の一人です。

 海軍三校の首席は海兵72期和泉正昭大尉、73期鮫島豪太郎中尉、機関学29期長嶺公固少将、經理學校4期木寺寛爾主計少将、27期藤原甚六主計少佐です。

 特攻の戦死者は47名もいますが、正規士官は深堀直治中佐だけで、大多数は予科練と予備学生でした。


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