« 愛媛の海軍士官 | トップページ | 佐賀の海軍士官 »

福岡の海軍士官

福岡県はいまでも九州一の拠点ですが、海軍士官もかなり多くの人数を輩出しています。わかっているのでは鹿児島には負けますが、2300名もいます。特に明治初期の海軍黎明期から中堅クラスの士官が多くみられます。将官は67名です。うち大将は1人、中将は12名です。大将になったのは、有名な大和の沖縄特攻(菊水作戦)で戦死した第二艦隊長官伊藤整一大将です。知米派の一人でしたが、戦艦で戦死するのも皮肉でしょうか・・中将では山内四郎・松下元・藤吉晙・出光万兵衛、広瀬正経・椛島節雄・緒方真記・山田定義・伊崎俊二・篠田勝清・古市龍雄・二階堂行健といます。うち、3航艦長官山田中将、二水戦司令官伊崎中将、最後の山城艦長篠田中将がよくみかけるところでしょうか。その他の将官では、沖縄戦で戦死した沖根参謀棚町整少将、20駆司令山田雄二少将、51航戦司令官藤吉直四郎少将あたりが有名でしょうか。

 大佐以下では先代比叡艦長などとして海軍初期より活躍した笠間廣盾大佐、201空司令、山本栄大佐、豊橋海軍航空隊司令などをした中島第三大佐、石垣島戦犯事件の関係者井上乙彦大佐、潜水艦関係の著作で有名な井浦祥二郎大佐、雷電開発に尽力した帆足工少佐などがいます。これも2000名はみてられないので、以降省略します。

 これだけ多い県ですから、特選任用も50人弱みつかっています。中佐になったのは、意外ですが山本六蔵(公死)、田中武市(大鷹)の二人だけです。首席は5人で、兵16期木山信吉大尉、機15期古市龍雄中将、32期吉田正臣大佐、48期安増隆大尉、経7期中垣仙吾郎主計少将です。

 


« 愛媛の海軍士官 | トップページ | 佐賀の海軍士官 »

海軍士官」カテゴリの記事

コメント

 「故安増隆さんの思い出!」
 安増さんが関電工で技術開発部長をされていたときの話です。
 安増さんが山本長官の前で「砲弾の発射水平標準器」を考案し発表したところ、大変なお褒めを頂、採用されたそうです。この話は、本人がよほど嬉しかったのか何度もおきき致しました。
 彼の優秀さは素晴らしく、英文の分からない資料を持ってゆくと、「俺は英語など知らぬ」と言いながら直ぐに翻訳してくれました。また、当時通産省のサンシャイン計画に応募したときの説明の上手さには驚きました。(残念ながら採用されませんでしたが)
 計算にも堪能でした。誤りがあると、これはおかしよ、と直ぐに指摘されました。
 とにかく素晴らしい上司に使えた思い出が、記憶に残ります。そんな人物でした。

投稿: 古川典保 | 2013年1月21日 (月) 17時08分

 「故安増隆さんの思い出!」
 安増さんが関電工で技術開発部長をされていたときの話です。
 安増さんが山本長官の前で「砲弾の発射水平標準器」を考案し発表したところ、大変なお褒めを頂、採用されたそうです。この話は、本人がよほど嬉しかったのか何度もおきき致しました。
 彼の優秀さは素晴らしく、英文の分からない資料を持ってゆくと、「俺は英語など知らぬ」と言いながら直ぐに翻訳してくれました。また、当時通産省のサンシャイン計画に応募したときの説明の上手さには驚きました。(残念ながら採用されませんでしたが)
 計算にも堪能でした。誤りがあると、これはおかしよ、と直ぐに指摘されました。
 とにかく素晴らしい上司に使えた思い出が、記憶に残ります。そんな人物でした。

投稿: 古川典保 | 2013年1月21日 (月) 17時10分

「故安増隆さんの思い出!(2)」
 安増さんはソロモン海戦に3回出撃したそうです。、椅子に座っていられないほの凄まじい撃ち合だったそうです。帰りの艦数はいつも半数になっていたそうです。
 その後に機関学校の教官になられたそうです。戦後に米国の戦記を見たら「ソロモン海戦の結果、ソロモン海はアイアンボトムになった」と記されていたそうです。

投稿: 古川典保 | 2013年1月21日 (月) 21時14分

思い出どうもありがとうございます。安増大尉はガダルカナルを争っていたころは重巡高雄の分隊長をやっておられたようですから、ソロモンの思い出はそのころのことでしょうね。損傷前に降りられているようなので、幸いそういう場面には遭遇してないようですが。
英語は海機で首席取るくらいですから、やっぱりできたと思います。

投稿: たく | 2013年1月21日 (月) 21時26分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/507812/49100297

この記事へのトラックバック一覧です: 福岡の海軍士官:

« 愛媛の海軍士官 | トップページ | 佐賀の海軍士官 »