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沖縄の海軍士官

沖縄の海軍士官については沖縄海軍物語という本の紹介の時にちょこっと書きましたが、国内一少ないです。わかっている人数も118人だけです。陸軍でも多いわけではなく、このあたりは琉球処分までは琉球王国と別の国であり、日清戦争のころまでは親中国であったりなど、政治的環境や、軍人志向志向が低いといったことがあるのであろうと思われます。

 海軍将官は一人だけで漢那憲和少将のみです。漢那少将は琉球王族の一族ですが、海兵27期を3席で卒業するなど優秀な成績を収め、昭和天皇が皇太子時代の欧州周遊の際の艦長もつとめましたが、主流の薩摩閥に迎合しなかったこともあり、少将になるとすぐ予備役編入となりました。その後は統帥権独立は不可という論文を発表して海軍将官の団体から除名されるなどの騒動もあった。次席は渡名喜守定大佐で、オランダにナチスのオランダ侵攻を警告したりした功績により勲章を授与されたり、高松宮らとはかり東条内閣倒閣運動をしたりして監視をつけられたりしたエピソードがあった。大佐としてはもう一人宮澤寛辰大佐がおり、軍需関係の職を歴任している。沖縄の海軍でもう一人有名なのは伊48潜艦長當山全信中佐で、回天特攻菊水隊の成果に味をしめて同じ作戦を反復しようした軍令部の作戦に抵抗したものの、強行され、予想通り猛攻に遭い、2日粘った末撃沈され戦死した。

 他にはインドネシア独立戦争に関係して戦死した比嘉秀行少佐、復帰後沖縄県知事を務めた西銘順治中尉等が居ます。本籍は東京になっていますが、琉球王朝尚王家第22第当主尚裕氏も海軍大尉です。特選任用は上記比嘉少佐一人です。海軍三校の首席はおらず、特攻は3人で、我喜屋少尉(丙16)、砂川少佐(予学13)、下地中尉(予生1)です。


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コメント

はじめまして、祖父の足跡を追っていたらこのサイトにたどりつきました。
沖縄出身で、士官であったことはわかっているのですが、正式な階級等がわからず、もし、わかったらなら、母にも伝え、できれば、祖父の戦友にもどういう人だったか、聞いてみたいのです。

もしよろしければ、よろしくお願いします。

祖父の名前はメールにて、お伝えします。

唐突なお願いですが、よろしくお願いします。

投稿: | 2013年5月10日 (金) 21時36分

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