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熊本の海軍士官

 熊本は細川氏の領地でしたが、藩主自身が海軍少将でもあり、海軍士官は結構います。熊本県については本県旧海軍名簿(准士官以上)と、熊本県旧海軍戦没者名簿のおかげでほぼ全員が判明しています。わかっている人数は3855人です。うちわけは正規士官1184人(転官者8名、特選任用84人)、特務士官1903人(含む特選任用)、予備士官860名(含む転官)です。将官は65名、佐官495名、尉官3182名、候補生76名、不明35名です。戦死者は

 将官は65名ですが、大将はいません。中将は12人、相当官7人で吉岡範策・内田虎三郎・米村末喜・湯地秀生・坂本伊久太・浮田秀彦・福田良三・徳永栄・大森仙太郎・秋山輝男・岩辺季貴各中将です。少将では最後の飛龍艦長加来止男少将、終戦工作で有名な高木惣吉少将、大和艦長を勤めた松田千秋少将、最後の千代田艦長城英一郎少将などが有名でしょうか。別記事にも書いたとおり元藩主細川護久少将が初代の海軍少将でもありました。

 佐官以下では飛鷹副長として著作のある志柿謙吉大佐、ルンガ沖夜戦での二水戦首席参謀遠山安己大佐、戦後著作などを多く遺した土肥一夫中佐、台南空飛行隊長中島正中佐など有名でしょう。

 特選任用は84名ですが、中佐は2名のみで、香椎で戦死した岡本嘉次郎中佐、那覇地方海軍人事部で戦死したの中原廣吉中佐の二人です。その他の特選士官では初代軍楽少佐で、軍楽隊隊長でもあり、東京消防庁音楽隊の母体を作った内藤清五軍楽少佐が有名かと思います。

 海軍三校の首席は一人のみで、機関学校22期の福田秀穂機関中佐だけですが、美保ヶ関事件で蕨沈没の際に殉職されています。特攻の戦死者も80名を数えますが、正規士官は3人のみで、予科練が51名と大多数を占めていました。

 


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